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肝だめし〜後半


「子(ね)四つ」と奏して、かく仰せられ議するほどに、
丑(うし)にもなりにけむ。


(訳)「子の四刻(午前1時半頃)」と(役人が帝に)申し上げて、
評議している間に、丑(午前2時頃)にもなったのであろうか。



「道隆は、右衛門の陣より出でよ。
 道長は、承明門より出でよ。」と、
それをさへ分かたせ給へば、しかおはしましあへるに、


(訳)「道隆は、右衛門の陣(=宣秋門)から出よ。
    道長は、承明門から出よ。」と、出口までも別々になさ
   るので、(3人は)ご命令の通りにお出かけになったが、




肝だめし5


中の関白殿、陣まで念じておはしましたるに、宴の松原
のほどに、そのものともなき声どもの聞こゆるに、術なく
て帰り給ふ。


(訳)中の関白殿(=道隆)は、右衛門の陣までは我慢して
   いらっしゃったが、宴の松原のあたりで、何とも正体の
   わからない声がいろいろと聞こえるので、どうしようも
   なくて帰って来られる。




肝だめし6


粟田殿は、露台の外まで、わななくわななくおはしたるに、
仁寿殿の東面の意志砌(みぎり)のほどに、軒と等しき人
のあるやうに見え給ひければ、


(訳)粟田殿(=道兼)は、露台の外まで、ぶるぶる震え
   ながらいらっしゃったところ、仁寿殿の東の石畳の
   あたりに、軒と同じほどの(大きな)人間がいるよう
   にお見えになったので、



ものもおぼえで、身の候はばこそ、仰せ言も承らめとて、
おのおの立ち帰り給へれば、


(訳)何も考えられないで、生きて我が身があってこそ、
   帝のご命令もお受けできるというものだと思って、
   それぞれ引き返していらっしゃったので、




肝だめし7


御扇を叩きて笑はせ給ふに、

(訳)(帝は)御扇を叩いてお笑いになったのだが、





入道殿はいと久しく見えさせ給はぬをいかがと思しめすほど
にぞ、いとさりげなく、ことにもあらずげにて参らせ給へる。


(訳)入道殿(=道長)はたいそう長い時間姿がお見えになら
   ないのを、どうしたのだろうとお思いになっているうちに、
   本当にさりげなく、何事もなかったかの様子で、(帝の
   御前に)参上なさった。



「いかに、いかに。」と問はせ給へば、いとのどやかに、御刀
に削られたる物を取り具して奉らせ給ふに、




(訳)「どうだった、どうだった?」とお尋ねになると、とても落ち
   着いたふうに、御刀にお削りになった物を添えてさし上げ
   なさるので、



肝だめし8


「こは何ぞ。」と仰せらるれば、

(訳)(帝は)「これは何か?」とおっしゃると、


「ただにて帰り参りてはべらむは、証候ふまじきにより、
高御座の南面の柱のもとを削りて候ふなり。」と、つれ
なく申し給ふに、いとあさましく思しめさる。


(訳)「何も持たないで帰って参りますようでは、証拠がないだろう
   ということで、高御座の南側の柱の下の方を削って参ったの
   でございます」と、平然と申し上げなさるので、(帝は)たいそ
   う驚きあきれたこととお思いになる。



異殿たちの御気色は、いかにもなほ直らで、この殿のかくて
参り給へるを、帝よりはじめ、感じののしられ給へど、うらやま
しきにや、また、いかなるにか、ものも言はでぞ候ひ給ひける。


(訳)ほかの二人(道隆・道兼)のお顔色は、どうしてもまだもと
   のように直らなくて、この殿(道長)がこのようにして参上
   なさったことを、帝をはじめとして、思わずみな褒め騒ぎな
   さるけれど、うらやましいのだろうか、また、どうなのでしょ
   うか、(二人とも)何も言わないで控えていらっしゃった。





なほ疑はしく思しめされければ、つとめて、「蔵人して、削り
屑をつがはしてみよ。」と仰せ言ありければ、持て行きて押し
つけて見たうびけるに、つゆ違はざりけり。


(訳)(帝は)やはり疑わしくお思いになったので、翌朝、「蔵
   人に命じて、削り屑をあてがってみよ」とご命令があった
   ので、持って行って押し当ててご覧になったところ、少し
   も違わなかった。



その削り跡は、いとけざやかにて侍めり。末の世にも、見る
人はなほあさましきことにぞ申ししかし。


(訳)その削り跡は、今でもたいそうはっきりと残っているよ
   うです。後世になっても、それを見る人はやはり驚き
   あきれたことだと申したことだよ。




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